昭和40年01月21日 夜の御理解



 「 親のことは子が願い、子のことは親が願い、天地(あめつち)の如し」と。親のことは子が願い、子のことは親が願い、あいよかけよでたちゆく。ちょうど天地(てんち)のようなものだと。ここんところをひとつ皆さんが分からせて頂いて、おかげ頂かなければなりません。親が子のことを願わん者はありません。ね。また、子も親のことを願わん子供はなかろうとこう思う。ところが何処かで食い違う。そこに私共は、親が子供のことを願わんものがあるもんか。
 子供が、親が不幸せになるようになんて思うはずもない。親には孝行したいと思う。親は子供に何か残して置いてやりたいと思う。それが普通なんだけれども、それがどういう訳で、具合悪くなっていくのだろうか。親の言うことをきかん。親の心が分からんかと。ね。子供は子供でそれを言う。これではやはり、天地(あめつち)の如しというような、あいよかけよの働きとか、そういうおかげには成ってこないと思うのですね。そこで、私は祈らなければいけないと。
 思うとるだけじゃいかん。祈るという事は対象がある。いわゆる神様と。神様に祈らなければいけん。そこに私は、親子の通じ合うていく道が開けてくるとこう思うのですね。昨日、桜井先生が遅うにみえてから、神様にいろいろと、御理解を頂いておられる中にです、昨日、一昨日、アパートに住んで居られるんですね。二階に。ところが、その便所が詰まって使えなくなった。そこで神様にその事をお願いされると、「今日は一日かかりでも良いから、それが通じるように工夫していけ」とこう言われるわけなんだ。
 それで、さまざま工夫して、下から竹やら何やらでつついたりしてですね、やはり何時間か時間を費やしておられます。そして下から竹で突いたり、その何かして、そして何か小刀を取りに二階に上がらにゃいかんから、二階に小刀を取りに上がった途端に、大きな音がしてドスーンというて、下に通じたというわけなんですね。その時、桜井先生が、神様にお礼を申しておられます。その辺がなかなか素晴らしいことなのですけれども、ちょっと意味が難しいですねえ。
 「大小便のお滝を頂くのが、本当はおかげだったかも知れませんけれども、私には分かりません。タイミングよう、私が二階に上がりました途端、大音声(だいおんじょう)と共に、下へつまっておった大小便が下へ落ちたという。あわよく私は、大小便のお滝を頂く所でございました。どちらが本当か分かりませんけれども、おかげをこうむりまして、有り難うございます」と言うて、お礼を申しておられたら、神様がですね、「これが取次者のご用ぞ」とおっしゃったそうです。
 パイプが詰まっておる。ね。それをすこぉしこう開けてやる。下から開けたけれども、たらたらぐらいしか出なかったのですね。何か小刀でも取りに行ってから、もう一遍、竹を削りなおすかどうかして、さして頂こうと思うたところが、少しばっかり強うしたところがですね、その圧力でですね、圧力でドーンと落ちたという。「だから信者と神様の間がパイプによって繋がっておる。それがおかげが受けられんというのは、このパイプが詰まって居るからおかげにならんのぞ」と仰ったと言う。ね。
 「この道理を忘れるな」と。ね。いわゆる信心を解いて聞かせ、「ハァ、ほんに私の考え方が間違っておった」と。親なら親に、子供なら子供にちょっと分からせると。後はね、その圧力。神様が上から、神様の圧力でです、これが人間の力ではどうにも出来ないような大きなお取り払いとか、または自分にはどうにも出来ない、改まらして頂かなければならない様なことでも、神様がもう一緒に改まらせて下さる。
 そういう働きというのが生まれるのだと。そこから大小便がどんどん通じるようになって、気持ち良く使えるようなおかげが頂ける。天地と神。天地と氏子がつながるのも、この道理である。というて教えておられますようにね、私共は、何かそこに、ちょこっと分かればいいのだということです。ちょこっと分からなければいけない。だから取次を頂くならば、そこのところを分からせて下さるわけ。ね。
 自分の考え方が間違うておった。成るほど、親が子供のことを願わん者はおらん。子がまた親に心配かけちゃならんといったような思いを、思わない子供はおりますまい。それが通じ合わないのはどういう訳かと。通わないのはどういう訳か。それはパイプ一杯に 詰まっておる二階の便所のようなものであるということ。ね。そこで、お取次を頂いて、いわゆる私が申しますように、そこのところを両方がです、願い合い頼み合い、神様に願うていかにゃあいけん。ね。
 そこに神様から、ちょっとヒントを与えて頂く。全部が改まれたとか、全部が取れたというわけではなかろうけれども、その圧力でです、神様のとくべつの圧力で、これがドスッと落ちる様なおかげが頂けて、気持ち良くご用が、用が済ますことが出来るのであり、親子の間が通うのであり、その親子の間がかようそのことが神様がお喜び下さって、おかげにして下さる。ね。
 今日は、親教会のお月次祭。みんなこっちから、高芝さん、熊谷さん、関さん、一緒におかげ頂きましたから、ご承知でございましたでしょうけれども、今日は、大変お参りが多かった。私、話を聞きましたら、今日は、総代会だけだと思ってたんですけれども、壮年会の発会式をすると言うことだったらしい。でまあ、壮年部の方たちがみえられないところは、その奥さんやら娘さんが参って来とるもんですから、やはりあのお広前にばらっとではあるけれども、殆ど一杯ございました。
 やっぱ二十。二十五、六名ございましたからね。後で話を聞かせて頂きましたら、あの、長谷(はせ)さんという総代さんが、一軒一軒戸別訪問されたそうです。善導寺には信者が多いですからね。昔からの信者が。ね。そこをもう何日かがかりで、一軒一軒回られたということ。私、今日はほんとに、あの感じたことがございますですね。やっぱり長い歴史を持っておる教会ですからね、やはり底力があるですね。もうこの来年が、あちらの六十年の記念祭であります。もう総代さん方が一生懸命ですね。
 私、ほんに恥ずかしいごとあった。私たち私の考えの中には、まあだ二年も先だから一年ぐらい先から、ぼちぼちしたら良かろうという気持ちがあったんですけれども、あの総代さんたちの一生懸命に触れてですね、これはぐずぐずしては居られんと、今日私親先生にそのことを、改めてお取次を願うて帰ってきました。もちろん私はお話に回るということではなし、またはいろんなならふれ回して歩くというご用でもない。
 私は、今度は祭典一切を、私が責任持っておかげを頂くということになっとるんです。ですから祭典を奉仕さしてもらうだけなのです。いわば、神饌物やら神様のお道具やらを買い整えたりするだけだから。ね。お金のお繰り合わせさえ頂けば出来ると、私はこう思うておった。ところが、そんなことでは神様に対して相済まん。親先生の思いに背くと。今日、それを心から私は感じたんですねえ。
 とにかく、あちらの総代であります、岸先生と淵上先生がですね、部落、部落にこれからお話しに行き、何軒かまわったらしいんですね。それに今日、皆さんに話しておりますことが、もうその部落のね、例えば、一軒でも二軒でもいいて。集まるのは五人でも三人でいいて。集まってさえいきゃ、私どもが参ってお話しさせて頂く、とこう言う。できるならば、一軒でもよいから家族中の者が集まって頂いて、私どもの話を聞いて頂きたい。もうそれをですね。
 心から、いつもそれを言われるのですけれども、今日も皆さんにそのことを話しておられるのですねえ。私は、それを聞かせて頂いてから、ほんとに感じたんです。これは私の用は、それはほんの祭典の一ヵ月前でも、十五日前でも、五日前でも、実は出来る事なのです。例えば、営繕の方になって参りましたら、さあという訳には参りませんけれども、只、祭典だけならば。ね。けれども、これでは、私はならん。
 これはどうでもひとつお繰り合わせ頂いてから、親教会六十年の記念祭奉賛会といった様なものでも、椛目で、ひとつおかげを頂かせて貰おう。それには、先ず私は会員の方に言う前に、家族だけで、ひとつ奉賛箱でも作ってから、おかげを頂きたい。そういうような、私は、今日は、思いがしきりとするんですね。今日あちらへ参りましたら、長男がお祭りが済んだらすぐ、私の所へ参りましてから、「今朝からご神夢を頂いた」と。「どういう夢だったか」『僕がマラソンをしておる。
 そして、そのマラソンのことについての説明を、誰かがして下さる。マラソンにはね、身心、信心が大事、と二言頂いた』「身心」「信心」と二言が大事。成程、只、走り切るというだけではいかんということ。ね。体が強いというだけではいかんと。走れると同時にです、やはり精神力がものいうんだということ。マラソンは。ねえ。長い道のりを走らせて頂くことでございますから、どんなに実力を持っておりましても、精神力のいわばない、辛抱強さのない人は駄目だということ。
 信心もそれとおんなじだという、お夢の中にお声を頂いたが、ご神意はどんなことでしょうかと、私におうかがいにくるのです。「親先生にお届けしたか」「お届けはしとらん。お父さんから一遍聞いてから、新たにお届けしたい」とこう言うております。ですから私、信心にはどうでもこのマラソンの気持ちが必要であるということ。ね。短きょりのようにです、百メートルか、二百メートルか、パァーと走って、サッとやめると言うようなものじゃない。ね。
 いつまでも、どこまでも、いわば走り続けさせて頂くという熱意が必要であるということ。同時に、それには体力が必要でありますから。ね。信心が分からせて頂くということは、信心を覚えるというだけではなく、それに実行力が伴なわなかったら駄目だと言うことだと思います。私は自分で思うんですけれども、私は思い付いたら、そんなことを思い続ける質なのです。おそらく私は、今度は、親教会のことを思い続けるでしょう。おそらく私が実行に、早速、移るでしょう。ね。
 そこにです、私と親先生の中に交流するものが、また新たに生まれてくるのじゃないかとこう思います。どうでもひとつ、私は、今日、その先生方の話を聞きながらですね、壮年部の発会がありましてから、その後が総代会でした。十四、五人集まっている壮年部の方たちがですね、それこそ親の代から、または、長年信心を頂いている人ばっかりなんです。お参りをしてくるという訳じゃない。
 通知でもやると、そのまあ、来る人もありゃ、来ん人もあるというような人ですけれども、信心するなら、まあやっぱり他の神様を拝もうごとはなかという人達なんです。もう、家は金光様信心しよるけんていう思いが、それで金光様の信心によって有り難い、と言ったようなものを開いておられるような人達じゃあないと思いますけれどもですね。もう皆がそれを言うんですよ。
 「なら、私とこに先生、いつ来て下さい」「先生、私とこに、いつ来て下さい」「私とこにゃ、いつからでしょうか」ちゅうてから十五余りの人が皆がそれを言うんですからね。だからその回らせて頂く。今日、早速草野でその共励会があっております。だから私は、総代としてからそういうご用という事になっておりませんけれども、私には私のご用がある。私ども先でよか、といったようなことではですね。
 やっぱりこれはご神意には叶わんと。それではいかにも私は横着にして、ぼんやりしよって、親先生をイライラさせるだけだろうと私は思う。私は、早速、この事を考えておりますから、よろしゅうお願いしますと言うてから、今日、親先生にその事をお届けさせて頂いたことでした。ね。生き生きしたその心というのが、ほかの総代さん方の熱意によってです、初めて私の心の中に、一つの本当のことを思い付かせて頂いたという気がいたします。ね。やはり中心になる人達の熱意が大事ですね。
 私は、今日それを思いましたですけれども、本当に長年の信心を頂いておるという事は強いと思うのですね、やはり。それは細々とではありましても、折れず曲がらずというような信心を続けておられます。ね。いよいよ事という時には、そうした一つのまあ信心に熱がでてまいります。中心の三名か四名かの総代さん方が一生懸命になられたところがです、例えば、今日、集まっておる壮年部の全部がです、「私の部落にゃ何時来て下さい」「私ところは何時にしましょう」というようなふうでですね。
 その私の方には百姓の方達が、何か組合の会合があって、私かたによらっしゃることになっとるけん、その日に来て下さると、信心のなか人達に話を聞いて貰えることが出来ますからなんていうような人すらがあるんですね。ほんとに私は、熱意をもってするところに、皆がそれに付いて来る。ね。その点ほんとにそういうおかげの頂けれる場に、淵上先生にしたところで、岸先生にしたところで、または長谷さんにしましたところでね、その自分の仕事というのを。
 今、二人は学校の先生ですし、一人は官庁勤めだったのですけど、それを止めておられるですから、その出来るわけですね。だからもうそれにかかって、ご用させて頂くことができられる。けれども、いかにそういうおかげ、お繰り合わせ頂いておってもです、やはりその熱意がなからなければ出来るこっちゃぁありませんね。好きや好んで出来ることじぁありません。やっぱり、親教会の六十年という、いうならばこれも本気返し。いうならば三井教会が新たに生まれなおらにゃならん。
 その変わり、そりゃもう教会長先生にでも、奥様たちにでも、岸先生なんかも、実に厳しく申しますですね。そうしてから「三井教会が新たに生まれなおらなきゃならんとですよ、親先生」ち言うて、「先ず、何というても教会全体が生まれなおらにゃ出来ません。後を継がれる長男の先生が、いつまでも学校に勤めてもらうようなな事ではできん」ち言うね。「だから長い目で見ておってくれ」ち、親先生が言いよったら「そんなことじゃあ、できません」ち言うてから 今日は言うんですねえ。
 もう新しく教会自体が生まれ変わらにゃいかん。次に総代が生まれ変わらにゃいかん。ね。次に信者一同が、続いて生まれ変わらなければならない。そういうお年柄にあるんだと。いわゆる善導寺の教会も、来年は赤べこだと。ね。そういう気持ちでおかげをとにかく、その言うのですからねえ。ほんとにやっぱり通じるのですねえ。「親のことは子が願い、子のことは親がねがい」そこに只、思うとりますというだけでは通じない。それを神様に願われる。祈られる。
 そこから何とはなしにヒントを頂いて、例えば、私の心の中にちょっとしたヒントを与えて頂いたらです、ねえ、何か、今日は、ドスッというて、何もかにもが、詰まっておったものが落ちたような気が致しまして、これはとても、一年先じゃなんていいよったんじゃあ、ほかの総代さん方にでも相済まん。神様にも相済まん。親先生にもこれでは、例えば、そのような、私が思いでおることが、親先生に通じる筈がない。
 そしたら親奥様が奥から来られてから、ほんに久しぶりで今日は三羽烏の人達が一生懸命話をされたちゅうてから、喜ばれました。昔の青年会時代に、私ども三羽烏と言われた時代があったんです。ね。ですからほんとに私どもなんかはそれこそ、ほかの総代さん方の熱意で、今日はヒントを与えて頂いて、おかげ頂いたような気がし、これから私と親先生の間も、今までよりもスムーズな通じ合いが出来るのじぁないかというふうに、心に願っております。またそう思うております。ね。
 どうぞひとつ「親のことは子が願い、子のことは親が願い」それなりにもかかわらず、なら私が、親先生のことを思い、親先生が私のことを思うておって下さっても、何かが通じなかった。そこに今日はヒントを頂いて、桜井先生じゃないけれども、ほっと少しばかり口があいたら、そこから何かドスッと落として、下に落ちてから、通い始めるようなものを感じたのですねえ。おかげ頂かなきゃなりません。